森のエッセイ:春のキノコ―アミガサタケ


 

アミガサタケ

 

 4月は桜が花開き、山々も柔らかな緑におおわれます。長い冬を越し、ようやく訪れた心浮き立つこの季節を北国では「山笑う」と表現するそうです。人々の目がいきおい樹々に注がれるのは無理もありません。

 でも、視線をちょっと足元に移してみませんか。すると、庭の植え込みや雑木林の林床に変わった形をしたキノコを発見することがあります。「えっ、春なのにキノコ?」といぶかる方もおいででしょうが、春でもキノコは顔を出します。その名もアミガサタケ。見たところ干からびた脳みそのようで、いかにも毒キノコといった風情です。姿の奇妙さ故に日本ではほとんど利用されませんが、フランスでは「モリーユ」と呼ばれ、優秀な食菌として珍重されています。キノコの好みも国、民族により様々ということでしょうか。ちなみに、日本人に最も好まれる高級キノコであるマツタケも欧米の人たちには「履き古した靴下の臭いがする」と敬遠されるようです。

 さて、このアミガサタケ、生で食べると毒にあたるので火を通さなければなりません。柄が中空なこともあり、そのままではもろく崩れやすいのですが、熱を加えるとしこしことした食感が生まれます。クリームパスタ、シチューなど牛乳を使った料理との相性は抜群。「ぜひお試しください」といいたいところですが、キノコには危険も潜むので識別に自信のない方にはお薦めできません。キノコに命をかけることはないでしょう。

 キノコは名前の分かっているものだけでも日本に4000種ほど。実際はその数倍はあると考えられています。マイナーなイメージではありながら、自然界では植物、動物と並ぶ重要な地位を占めています。

落葉や倒木、動植物の遺骸を分解して土に返す、樹木の根と共生し森の健康を縁の下で支えるなどの役割を担うキノコ。もしも、キノコを含む菌類が存在しなければ生態系はうまく保たれません。キノコは「木の子」からの命名ですが、そうした意味では「木の母」といってもよいでしょう。散歩や山歩きの折、アミガサタケを見かけることがあったなら、けなげなキノコに少しだけ優しい眼差しを送っていただければ何よりです。                                (内野郁夫)


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